カテゴリ:震災リゲイン( 10 )

「女川町:みんなのための蒲鉾/高政」

2012年2月20日(月)

女川町、蒲鉾本舗 高政の取締役企画部長高橋正樹さんを訪ねた。
最初に、昨年の秋に竣工した最新の蒲鉾工場を見せていただく。鉄骨が組み上がり、ブレースが入り、屋根や壁が取り付けられる直前に3月11日の地震、そして津波に襲われた。屋根、壁が取り付けられていたら被害はもっと大きかったろうが、その手前だったのでそのまま工事は続行、遅れたものの秋の竣工を迎えた。オール電化の最新の機械に、環境や近隣住民の生活環境にまで配慮した設計になっている。いま、太陽光パネルの設置も進んでいる。モダンなデザインの店舗も併設され、震災後に雇用した多くの新入社員とともに稼働している。避難所に蒲鉾を配り、女川で最初に商売を再開した。街全体の復興に向けた早い段階での第一歩だ。

三月に電源が戻り最初にテレビでみたニュースは福島原発の事故。大変なことになると直感し、社長と何度も話し精度の高い測定器を購入。八月の時点で測定器が女川に届いている。民間では異例の早さだろう。今回同行してくれた、原子物理学を大学で専攻し、現在も薪の灰などの放射線量測定に奔走する津田さんも驚いていた。
作る側が、安心安全なものと確信できなければ売る事は出来ないとの想いで、予備知識のない中、自分たちで調べて機械を決めている。決して安い買い物ではない。現在は東北大学の専門家と連携しながら、日々原材料や商品の検査を行っている。
高政の蒲鉾は、輸入の魚と地物が6:4の割合で使われている。製品を検査して、現時点で問題のあったものはない。
蒲鉾だけでなく、現在女川町から出荷される食品はちゃんと検査されたものばかり。それでも、お歳暮の季節には心配するお客様からの問い合わせの電話が多く、対応にも苦労されたという。ギフトとして送る方は放射能の影響が心配でも高政の商品を購入する事で支援につなげたいという想いだろう。でも送る相手の事を考えると検査実施の有無やその結果を確認しなくてはいけないという状況。生産者も消費者も、どちらも負担を強いられている。
高政では、女川町のものは無料で測定をしている。街ぐるみで協力して、安心で安全な女川町の産物という認識を消費者の皆さんに持っていただく必要があるからだ。他者の分も含め、維持管理コストは全て自社負担。高政は地震や津波で工場を失ってはいないため国からの補助もおりないのだという。しかし、3.11後の負担は計り知れない。様々な不安を背負い女川町を離れた社員も多い。その後、新たに採用した社員も多く、半数近くが新入社員という状況での新工場稼働。全く知識のなかった放射線量測定について学び、毎日の検査の為に専用の社員も必要。被災し家族を失った社員も多い。
それでも、製法にこだわる自慢の蒲鉾を社員と協力しながら作り、お客様に女川町自慢の一品として、安心し、喜んで食べてもらうことが一番。店舗には、様々な種類の蒲鉾が並んでいた。地魚のあげ蒲鉾と、規格外だか十分美味しい商品のお得用詰め合わせ、その他山ほど購入して店舗を後にした。

その後、女川町立病院駐車場で女川湾を眺めながら蒲鉾をたべた。歯ごたえがあって、しっかり魚の味のする、とても美味しい蒲鉾だった。女川の蒲鉾は安心安全高品質はモチロンのこと、なにより美味しい。
皆さんもぜひ取り寄せて味わってみて欲しい。

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by LS_LAB | 2012-02-23 08:04 | 震災リゲイン

未来へ号 バスに乗った〜!

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話せば長くなりますが、去る1月28日深夜から、2月1日夕方まで、東北ツアーに行ってきた。
今回も、あれこれ沢山のプロジェクトを詰め込んでの東北行脚。
そのひとつに、イギリスから来日中のプロデューシングキュレーターで、国際交流基金フェロー、Keith Wittleさん東北ご案内、というミッションも入っていた。Keithは、日本の地方コミュニティーに関わるアートプロジェクトの調査の為に来日していて、別府や神戸他各地の取り組みを取材している。

同時に今回の来日がきっかけで、ロンドンで今年開催される別の企画のキュレーションも日本担当として参加することになるかもしれず、日本をテーマにしたその展示で、今東北のことを抜きには考えられないだろう、ということで、東北であれこれジャンル無関係に活動している私に声がかかった。

アーティストの活動だけ見て回っても、コミュニティーのことはわからない。実際に私が関わるコミュニティーとの打合せにも参加してもらおうということで、アーティストの活動だけでなく、あれこれごちゃ混ぜな旅を引きづり回してみた(笑)。結果「very comprehensive tour」と評価くれたようなので、とりあえずよかったよかった。

これは、震災リゲインの「つなぐ」プロジェクトの一環。詳細は、震災リゲインライターの内田伸一くんが震災リゲインのプログにあげてくれると思うので、私は断片をこちらに。

Keithに会わせたいと思っていたアーティストの1人に遠藤一郎くんがいた。遠藤くんのことは、説明するまでもないけれど、一応以下ご覧あれ。

遠藤一郎ホームページ

出発直前の1月26日夕刻、事前にメールを出していた遠藤一郎くんから電話。稚内にいて、オホーツク海を眺めているという。極寒の日本最北端。そこから電話。Keithと仙台に行くちょうどその日に、北海道から仙台港に入港するというではないか!なんというタイミングの良さ。しかも、彼が今挑戦しているプロジェクトを丁度終わらせて来るというので、新鮮な情報も聞ける。ああ、ラッキー。

そして、31日の朝に、仙台駅で待合せをして、乗せてもらった、「未来へ号」!
彼の活動はずっと気になっていた。若くて子供もいなかったらきっと乗り込んでいたに違いない。移動大好きな私・・・。
バスになったとは聞いていて、「あ〜、いいな〜のりたいな〜」と思っていたので、とってもうれしかった(^ ^)/
この日は、塩竈のビルドフルーガス高田さんに面会する予定だったので、そこまで連れて行ってもらい、その後石巻での彼の活動の痕跡を見学させてもらった。
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まずバスに乗ると、お茶が出てきた!ガスコンロがあって、色んな種類のお茶があって、なんて快適♡それまで東京から女川、南三陸、仙台と1人で運転しっぱなしで、しかも寒いハイエースでの長旅だったので、本当に快適な車内に感動。
なんというか、バスの中に暮らしがあった(笑)。洗濯物減らす為に極寒の雪空の下遠藤くんはノーパン、ノー靴下。なるほど、人がそんなものを身につけ始めてまだ数十年(かな?)。移動はそんな単純な事に気づかされる点も魅力。

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移動しながら、沢山話しをきかせてくれた。これまで彼が東北で活動してきたこと。311後、未来へ号の車体に書かれるメッセージががらっと変わった事。いろんな人との関わりの中で、いまこそすべきと思い日本列島と縦断し展開してきた今回の最新のプロジェクトのこと。などなどなど。
笑ったり、ちょっとウルウルしたりしながら、とても充実した数時間だった。

えー、だから詳しくは内田くんの震災リゲインブログ投稿にて。
とにかく、えらく充実したありがたい時間だったことに違いない。

あ〜、移動の魅力に抵抗する事の難しさよ・・・。今、親友と悪巧みをしつつとめつつ・・・。
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by LS_LAB | 2012-02-03 18:45 | 震災リゲイン

女川:対話工房WSその3

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対話工房というプロジェクトを女川で続けている。
女川のサーファーで元居酒屋ライブハウス店主・岡裕彦と仙台の建築家・海子揮一を中心に、全国からメンバーが集まっている。コミュニケーションにおける対話、ということ関して、震災前から様々な活動をしたり興味を持ってきたメンバー達。京都の美術家・小山田徹、沖縄の建築家・美術家のティトス・スプリー、仙台のグラフィックデザイナー・渡邊武海、福岡の映像作家・泉山朗土、京都の写真家・草本利枝、東京の編集者/ライター・内田伸一。それに、私。総勢9名で、賑やかに女川の地元の人達とワイワイやっている。先月は、沖縄からティトスが来て空飛ぶランタンを作って子供たち、大人も含めて大騒ぎだった。

←これは別の所でつくったのだけど、こんなヤツ。これが、女川の空高く飛んで行きました。

女川病院脇に、「女川おちゃっこクラブ」というカフェがあって、そこままだ未完のプレファブ。
これを、女川の人達と完成させる為のWSをしている。
内装だけじゃなくて、使い方や使われ方、メニューや、具体的なプログラムまで、一緒に「みる・きく・つくる」ことをしている。

そんなわけで、3回目のチラシを掲載します。東京から参加する人だって大関係。女川は宿泊施設がほとんどないので、参加ご希望の方は気をつけてね。分からなかったら聞いて下さい〜。
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by LS_LAB | 2012-01-20 10:24 | 震災リゲイン

棚プロジェクト

昨年の夏、私がお世話させてもらっている「ラ・ケヤキ」という会場で、震災支援活動の報告会がありました。震災リゲインも、そこで発表させていただいたのですが、数人での活動発表が多いその中で、女の子がたった1人で熱いプレゼンをしていました。

それが、現在震災リゲインが【つなぐ】活動で支援している「森弘子」ちゃんです。
彼女は、ボランティアで避難所を巡り、子供たちに手をひかれて避難所の居住スペースに入った時に、棚が必要だ!と感じ、棚を作るプロジェクトを立ち上げました。
でも、その時プレゼンされたのはまた彼女の熱い「想い」と棚のアイデアだけでした。この活動を始める為に、誰か力を貸して下さい!という熱い声とプレゼンの内容になんだか心を打たれて、プレゼン後、挙手して少し発言。段ボールでつくるなら、紹介出来る会社がある、と伝えました。
懇親会の時間になってから立ち話をし、では今度その社長を紹介するから、でも、気持ちはすごくよく伝わった、と短く話しました。

a0192239_15242548.jpg当時、私もやたら忙しい最中。設計の現場も着工目前、リゲインの取材や活動もある、その他地方都市ての活動や、ケヤキの運営など、あ、モチロン子育ても。アドレナリン出しまくりで出力160%くらいで動き回っていた頃。彼女との約束をすぐに果たせないまま、数ヶ月が過ぎて行きました。

他にも何人かの人に声をかけられ、いくつかお願いをされたのですが、他の方はそのまま連絡もなかったけれど、弘子ちゃんだけはあきらめず、粘り強くメールをくれました。4回目くらいにメールを貰ったとき、いくら忙しくっても「この熱意には応えねばいかん」、と段ボール会社の関連会社の社長で、以前私が建築家の遠藤幹子ちゃんとワークショップをした際にお世話になった方に連絡。快いお返事をいただい、一緒に会いにく事になりました。これが、ウィルライフの増田社長との久々の再会でした。
ウィルライフはトライウォールジャパンという強度の高い段ボール会社の関連会社で、エコフィンという段ボールで出来た棺桶などを制作販売する会社。

ミーティングでは初回から三人で盛り上がり、もう「ぜひやろう!」ということに。初回から、ではどういう棚の設計にするか、このワークショップで大事なことは何か、長く続ける活動にすべきだと思う、などなど様々話しが盛り上がり、棚プロジェクトのチームが出来上がりました。

あれからまだ数ヶ月。半年くらい経つのだろうか?
棚プロジェクトはLLP化され、代表を森弘子、増田さんと私も組合員になりました。
最初はとにかく自腹で実行していたワークショップ。増田さんに石巻の今野梱包さんをご紹介頂きトライウォールの加工をお願いし、震災リゲインがhh style さんから預かっていたイスをワークショップ会場を明るくするために使用してもらい、同じく福岡のHIGH TIDEさんから支援物資として頂いた文具を参加者にお土産として提供し、会場で撮影した写真は参加者の皆さんにHIGH TIDEのアルバムに入れて配布し、ラ・ケヤキの相澤専属カメラマン(笑)の粕谷氏に映像で活動を記録してもらい、Final Home の津村耕佑氏に布の端材をご提供を頂き、などなど、他にも沢山の方々を弘子ちゃんに繋いで協力してもらい、ワークショップも被災各地で回数を重ねてきました。
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次の震災を見据えた息の長いプロジェクトにするため事業化の仕組みも少しずつ話合い、今年また一歩前に進むでしょう。仲間も増えて、ウチの事務所の若松海もLLPの一員。そういえば、来週は新年会だ。

震災リゲインとしての【つなぐ】支援を続けつつ、LLPの組合員として、この活動を継続する目的である、未来の震災で避難所に速やかにこの棚を届けられるよう、またそれが沢山の個人の日常生活の延長線上にある活動によって支えられるような仕組みを考えられるよう、ちゃんと取り組もうと思います。

弘子ちゃんは先日も東北での棚プロジェクトを実施してきました。被災地では、日常の表現の場を奪われた人々が、それぞれ自分らしい棚を一生懸命つくってくれます。隣の人と協力しながらでないと組み立てられないようにできているこの棚は、形ができると、次は各々の自由な表現を加える事ができる仕組み。収納機能も十分。強度はあるけど軽いので、小さいお子さんから年配の方まで軽々持ち運びができる。出来上がりはみな個性的で、毎度驚かされる。

彼女の優しい想いと明るい笑顔と実行力に支えられてこの活動はあります。
まだ20代の若い力に期待。

弘子ちゃんは、今回の震災で、当事者性を持ち自ら立上がった沢山の人のうちの1人。17年前の阪神大震災の時、今の彼女と変わらない年齢だった私には何もできなかった。でも、今なら役に立てる事もある。一緒に楽しくこの活動を継続できたらいいなあ、と思う訳です。

そんなわけで、活動のご紹介。
以下は、昨年と先日行われたWSの報告書です。
ぜひ、応援して下さい。
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by LS_LAB | 2012-01-18 15:26 | 震災リゲイン

9ヶ月後。

12月11日。3.11の震災から9ヶ月が経つ。
この震災リゲインという活動を4月1日から初めて、8ヶ月と少し。とにかく動く事優先で東北各地に赴き、目の前にあるやらなくちゃ行けない事をやる、という相変わらず頭の悪い不器用な動き方を続けてきた。メディアといいつつ、なにをしてきたのかをちゃんと伝える事すらまともに出来てこなかった。反省。これから少しずつ、ちゃんと誰のためになにをしているのか伝えていこう。
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震災リゲインのHPも実は出来ている。

でもまだまだ未整備で、伝えたい事を自由に伝えられるだけの自由さはない。また設計過程。
今週、またサイトの打合せがあるので、またちょっと進むといいなぁ。

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紙媒体は、『bloblo』と協力して1度関東で10万部配布したけれど、
その後は『震災リゲインプレス』としての発行を継続するため準備中。
全国1万部をまずは。

他のみんなの情報も間に別紙で挟み込んで配布出来ればいいなあ、と妄想中。

震災リゲインには主にみっつ役割がある
1)震災関連の情報アーカイブ及びそれらを系統立て整理し足りていない情報を探る
2)被災者、支援者(個人・企業・行政)などをつなぎ、支援の支援をする。
3)上記活動を通して具体的な支援の呼びかけを紙媒体。

どれも、揺れ続ける日本で、次の震災に備えるため。
1人でも多くの人が震災から身を守る事ができるように、震災を忘れないでいて欲しいから。
これが、大きな目的だ。

前者「アーカイブ」を高木が、後者「つなぐ」を相澤が担当し、お互い情報交換をしながら進めている。最後に吐き出す先が紙媒体。二人ともそもそも忙しいのでカメの歩みのようではあるが、沢山の方々の協力を得ながら、少しずつ記事や映像等もできつつある。

今、私たちがなにをしているか、今日は私が担当している「つなぐ」についてご報告。
ひとつひとつ解説すると大変なことになるので、すごく短く(笑)。プロジェクト名と、震災リゲインの役割と、なにをつなげているか。繋いでいるカッコの最初は、プロジェクトの言い出しっぺ。

1)棚プロジェクト/プロデュース(森ひろこ○企業○記録班)
被災地に棚を届ける。棚づくりワークショップで仮設住宅内のコミュニケーションを促進。1人じゃつくれない棚。次の震災に向けてLLP化、相澤・若松も組合員・・・。

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2)女川 対話工房/プロデュース(海子揮一+小山田徹○アーティスト○行政○大使館○記録班)
女川復興連絡協議会の皆さんと女川町立病院前にできたプレファブのカフェづくりを。人が集まりたい対話が出来る場所をつくる。私は対話工房のメンバーでもある。海子×小山田インタビュー映像はコチラ

3)放射能測定/コーディネート(日本ラボテック○専門家○農家さん他)
検体を郵送すると9,450円(税込み)で食品や土壌などのベクレル検査をしてくれる体制を、検査会社に立ち上げてもらった。心配がある人は誰でも頼めます。セシウム、要素など分離測定可能。

4)なみのおと/配給協力(監督○上映先)
濱口竜介、酒井耕の両監督による津波被害を受けた人々の「対話」の記録。日本全国での上映をめざす。いい映画です。情報はこちら。

5)なみのこえ/プロデュース(監督○プロダクション○出資者○上映先)
「なみのおと」の続編。サイレントヴォイスLLPという芹沢高志と立ち上げたプロダクションでプロデュースすることに・・・。「かたログ」ご覧下さい。

6)女川連絡復興協議会/コネクト(FRK)のまちづくり(FRK○企業○大使館○AfH○建築家)
海子揮一の紹介で、FRKが考える復興の過程で必要な街の諸機能を整えるお手伝い。

7)生活支援ボランティアツアー/コーディネート(旅行代理店○現地ボランティア○ツアー客)
被災者の生活再建のために直接役立ち、地元の方と交流を持てるツアーの企画。人数不足で初回は断念。

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8)雄勝マザーミサンガ支援/コネクト(トモノテ中川千鶴○県外支援者)
雄勝のマザーミサンガの販売促進。渋谷で販売。別府で販売中。今後も増やして行きたい。

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9)歌津町仮設支援・網戸設置/コーディネート(仮設住宅住民○大工○建築家)
ハエの侵入にこまていた漁師の仮設住宅で網戸設置。横浜から大工と建築家に来てもらいました。
今後も必要があれば継続してお手伝い。

10)株式会社マルタ拓洋水産支援/コーディネート(千葉正美○編集者○デザイナー)
漁師が新しく立ち上げた牡蠣養殖の会社。支援促進のためチラシづくりなどお手伝い。サイトも立ち上がりました。

11)土ブロック/コネクト(アトリエ天工人○被災地)
現地の土で建材ができる。雇用に繋がるかもしれない。阪神大震災以来震災支援を考えているアトリエ天工人の山下氏の活動を現地で紹介しています。

12)モバイルすまいるプロジェクト/コネクト(NPO法人N.C.S○被災地)
固定の建物を立てられない被災地に、トレーラーハウスだけど将来ちゃんとした建築にもなる強度も断熱性能など快適性も高いモバすまを現地でご紹介。仮設旅館群など検討中。

13)文具配布/ディストリビュート(ハイタイド○被災地)
文具メーカー「HIGHTIDE」による文房具寄付支援をサポート。被災地で文具を必要としている場所に供給。現在は地元商店に影響しないよう、ワークショップへの参加記念品として少量ずつ提供。被災地外での支援バザーも検討中。

14)家具配布/ディストリビュート( hh&style.com○被災地)
子供用の椅子を被災地に支援したい家具メーカーをサポート。パントンジュニアは震災リゲインプロデュースのワークショップでは会場に華やかさを加え子供やお年寄り(!)に大人気。エレファントチェアは南三陸の児童館に寄付が決定。女川での設置も検討中。

などなど、他にもこまごま。今日は福島県いわき市の人達がラ・ケヤキでイベントをしている。ドイツ大使館や、Architecture for Humanity に情報提供をしたりしてもいる。

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つなぐ役割が必要だ、と痛感する。場所によってあまりに状況が違う。対応の仕方も違ってくる。支援したい人も様々。繋がるところは放っておいても繋がるが、誰の手も届かないところがまだたくさんある。どうしていいかわからなくて立ち往生しているところがある。誰かがちょっと繋げるだけで、復興が少しでも前に進むのであれば、その役割を担いたい。自分はただ結び目をつくるだけでいい。

「点と点が繋がり、線が見えてきて、その先に面が広がる」と最近よく聞く。確かに。
でもこれは、点同士が点在しているままではダメで、孤立した点は「よいしょっ」と一部つまんで引っ張ってきて、きゅきゅっと結んであげる役割がまず必要。線だらけになったままでもだめで、そこに「よいしょっ」って面を形成するために風呂敷でもなんでも広げる人がいなくちゃいけない。じゃないと、スカスカのネットワークのまんま、線と線は交差しすれ違うだけ。

こういうことしようとする人は以外とすくない。「職業」とか「ジャンル」として確立されていないからか?だから喰っても行けない(笑)からか?あとね、結構大変。大したコトしていないのに扱う情報量は増えるし、毎度個別解で方法論の確立も難しい。

コネクターとかスプレッダーとか、そういう「肩書き」ができればいいのかな??

と、ちょっと話しがそれましたが、最近東北に通っているのは、こんな理由です。多分私以外誰も全貌を知らないだろう。それが問題・・・(^ ^;)。ボチボチ仲間を増やしています。ご協力頂ける方、いつでも募集です。
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by LS_LAB | 2011-12-11 17:35 | 震災リゲイン

POST311これからデザインにできること@AXIS

AXISで開催される「POST 311 これからデザインにできること」という展覧会のトークゲストとしてお招き頂きました。「震災リゲイン」での活動についてお話します。10月30日(日)。お時間ある方お出掛け下さいませ。

私は10月30日の15:00〜。建築家のヨコミゾマコトさんとご一緒。
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ヨコミゾマコトさんも、雄勝町で支援活動をされているということで、一緒の会。
今回の震災では、本当に沢山の方々が支援活動をされていて、「震災リゲイン」という震災専門のメディアだ、と言っても、全ての情報を把握する事はまずもって不可能。河北新報の記者でさえ、それは困難、と話している。まあ、メディアなんて所詮そんなものだ。現場では常に物事動いていて、現場の人達は常にそこであらゆることに直面している。その、ほんの一部しか私たちは伝える事はできない。しかも、「私たち」というあるフィルターを通して伝えることになる。自分なりの事実を知るには、現場に出向き、自分の目でみて耳で聞いて全身で体感しなければホントはわからない。でも、皆がそれを出来る訳ではない。だから、その代わりを、私たちメディアがなんとか伝えようとする。

とはいえ、これを機会に、また様々な方と情報交換ができれば嬉しい。
私たち「震災リゲイン」というメディアの役割は、支援している方々を支援することだと思っている。支援に繋がる情報を流し続けたい。ショッキングなニュースやインパクトのある情報を流すつもりはない。元気で頑張る人々の姿を知る事で支えられる。そんな情報を発信し続けたい。

な〜んて話しをしてくるのかなぁ?今の活動を説明するだけでは、多分膨大な時間がそこに費やされて終わるので、それは避けなくちゃ。ヨコミゾさん他、となっていますが、誰が来てどんなお話を聞けるのか、楽しみです。

震災、災害関連のお仕事っぷりとしては、プラスアーツの永田さん達の活動は素晴らしいなあ、と思っています。阪神の震災から始められた活動。もう年季が違う。私はあの時、当事者性を持って震災を受け止める事はできなかった。今回、子供の親になっていたり、なんとなく自分の生き方や仕事についても見えてきていたり、更に東北と言う馴染み深い場所での大きな震災であったり、歳も取ったし・・・とキッカケは様々だけど、4月に始めた「震災リゲイン」の活動は多分ずっと続けると思う。
AXISのこの企画は、彼らも企画に関わっているとのことで、混ぜていただき嬉しい限り。声をかけてくれた岡野民さんには心から感謝。遅ればせながら、この揺れ続ける日本で、少しでも震災に強い一人一人であってもらうための活動、ご一緒させて頂ければ、幸い、と本当に思う。
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by LS_LAB | 2011-10-24 13:08 | 震災リゲイン

みなさま石巻市雄勝町へ!生活支援のボラツアー企画。

「地元交流・生活支援を重視したボランティアツアーです」

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石巻市雄勝町。漁業と雄勝硯の町です。
「震災リゲイン」の主な活動のひとつは繋ぐこと。
そのひとつとして、この町でボランティア活動を続ける「トモノテ」の中川さんと、ボランティアツアーの老舗でもある「地球の歩き方」の河東さんと一緒に雄勝町の皆さんの生活支援のためのボランティアツアーを企画しました。震災リゲインチームでは、ライターの中川哲雄と私が担当。中川が、地球の歩き方のツアーを体験したのがきっかけ。
「復興支援ボランティアツアー」初回 10月21日(金)東京発。(地球の歩き方のページでは第15回がリゲイン企画です)


瓦礫撤去のボランティアも大事。でも、段々ボランティアのフェーズも変わってきている。
地元の人達も、いろいろ話しをしてくれるようになってきている。
復旧、復興に向けて、あれこれ考えなくちゃ行けない事はあるけれど、みんな前に進もうとしている。

そこに寄り添い、伴走できるような、丁寧なボランティアツアーを企画したいと思った。

幸い、それが出来る仲間と繋がることもできた。地元の方々と交流の機会を設け、直接生活を支えられるような活動を行い、一緒に汗をかき話し笑い、「又来ます!」と約束したくなるような出会いのあるツアーは可能だろうか?雄勝が親戚のいるような場所になって、他人事じゃなく、遠方からの参加者でも当事者性を持ち関われる場所として雄勝を大事に思えるような、そんなツアー。

やってみなくちゃわからない。
初回のツアーで、まずは実践してみたい。
避難所に冬物衣料を届けたり、散らばった特産品の硯(すずり)の石片を職人さんと一緒に拾ったり。これは、2億5千万年前のもので、東京駅丸の内駅舎の屋根に使われた雄勝スレートと同じ。祭りの手伝いをしたり神輿を担いだり、営業を再開した地元の仕出屋さんのお弁当を食べて話しを聞いたり、地元の人と交流を持ちながらできるボランティアは沢山ある。

ツアーの定員は40名だけど、このツアーは継続させていくつもりなので、出来るだけ多くの方に参加してもらえたら嬉しい。とにかく足を運んでみる事。震災の恐ろしさ、津波の想像を超える破壊力、見てみなくちゃわからない。なぜ見る必要があるのか?それは、日本はずっと揺れる国だから。

震災リゲインを始めたきっかけは、日本は揺れ続けるから。地球の地殻エネルギーの10%がこの小さな日本に集中している。きっとまたどこかが揺れて、誰かが震災の犠牲になる。でも、「備えあれば憂いなし」と言うではないか。みんな日本に住んでいる以上、震災とは隣り合わせという自覚を持ち、備えてさえいれば、繋ぐことの出来る生命もあるはずだ。
だから、地震大国に住んでいる「自分」という当事者性を持って欲しいから、今回の大震災の現場に足を運んで欲しい。「恐ろしい」と思って欲しい。そして、被災者をどんな形でもいいから支えて欲しい。「今日の支援者は明日の被災者。同時に、今日の被災者は明日の支援者」。南三陸の漁師さんが言っていた。「次にどこかで震災があったら、俺は漁師の長靴を履いて、どこまででも手伝いに行く」。

今回の震災でも、神戸や中越の震災を経験した方や、自然災害に見舞われて、全国からサポートを受けた経験がある方が、支援者として多数いらしていた。

小さい日本の中で、頼り頼られ支え合い行きて行く。どんな場面でも大事なコトだと思う。

/////////

雄勝のみなさんが暮らしを取り戻すには、まだまだその道程は遠い。
でも、トモノテのボランティアさん達の協力で、つい先日、硯職人さんは半年ぶりに自分の仕事で売上げを上げることができた。額は少なくても、自分で仕事をして、収入を得ることができることの嬉しさはひとしおだろう。

a0192239_16211221.jpg漁師の妻達は、避難所で、仮設住宅で、自分たちの手でマザーミサンガを漁網で黙々と編み、それを各地のフェスティバルなどで「トモノテ」さんが販売をし、やはり売上げを得る事ができている。来月から、別府のBEPPU PROJECTさんがセレクトショップで販売してくれるなど(ありがとう!!!)、販路も少しずつ増やして行く予定だ。ウチの長女+次女も10月9日、渋谷の「mother dictionary 秋の会」のキッズバザーでこのミサンガを販売する予定。

彼らが少しずつ暮らしを取り戻す事ができるように、でも、自立を妨げることのないように、最新の注意を払いながらサポートする「トモノテ」の中川さん。どこまでが支援で、どこからは過剰なのか、皆で話合いをしながら、ちゃんと考えている。失敗もする、でも、対話をあきらめない。たまにはただ様子を見ることもする。話しを聞いて感動した。

この町はかつてどんな場所だったのか?どんな仕事をしていたのか?なにが美味しくって、なにが自慢だったのか?なにに困っていて、あんなことやこんなことがあった。祭りの事、年寄りのこと、子供たちの事、そんな、あれこれを聞かせてもらいたいたいと思いませんか?
そして震災のこと、どんなに大変で、どんな風にサバイブしたのか?今、どう暮らしを考えるのか?私たちは、彼らに教えてもらう事が沢山ある。

ボランティアは、なにかをしてあげるために行くのではなくて、なにかをさせてもらいに、もしくは、教えてもらいに行くんだと思う。

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※写真は全てトモノテさんのHPからお借りしています。

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by LS_LAB | 2011-09-23 16:42 | 震災リゲイン

7月末、東北で。

7/29-30、31-8/1と東北へ出かけた。最初は石巻に届けて貰った支援物資の荷受と、南三陸歌津の漁師を友人を訪ねる為。

石巻には、これからプロジェクトを一緒に立ち上げる予定のトライウォールジャパンというダンボール会社のファブリケーターがある。このプロジェクトから、まだ小さいけれど業務を発注する仕組みになっている。今野梱包さん。地震で被災した工場兼倉庫を訪ねた。
ここに、福岡のHIGHTIDEさんという文房具屋さんから、大量の支援物資をお送り頂いたので、その荷受け。同じプロジェクトで使う物資達。電卓、ノート、アルバム、ファイル、カンペンケースにカードケース、各種フォルダーなど、全てを合計すると1万点を超える文具をプロジェクトを通して被災地に届ける。
「来週金曜日にダンボール箱300くらいお送りしていいですか?」と一週間前に問われ、慌ててあちこちに手配。半分は、前橋のトライウォールジャパンの倉庫に届けてもらった。ウィルライフという関連会社の社長、増田さんに心より感謝。プロジェクトの詳細は別途お知らせする予定だが、震災リゲインの支援希望者同士を「繋げる」活動のひとつ。
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石巻のこの工場は、内陸部にあるため津波の被害こそないが、地盤がゆるい地域で工場建物周辺の地盤が沈下。内部床も歪み、フォークリフトが勝手に動いてしまう程だという。社長以下社員の懸命の努力で工場は稼働しているが、まだなにかとご苦労が多い様子だった。段ボールは梱包材利用の他、家具や遊具、恐竜模型の制作などにも活用されており、被災地でも手軽に活用できそうな商品が並んでいた。ペット用のちいさな棺桶をつくり、被災地に届けたとも話してくれた。
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その後、南三陸町の歌津へむかった。途中、内陸部はいつもと変わらぬ景色に見えて、よく見ると崩れた瓦屋根、ヒビの入ったビル、ガラスが破損したままの商店など、地震の爪痕はまだまだ散見された。
沿岸部にきて、ショックを受けた。時間がかかるだろうことは当然理解していたつもりだか、被災地の状況が四月に調査に入ってからあまり変化していなかったからだ。

まだまだ、まだまだ、なんだ。

瓦礫は山積み、ビルの上に車。原型を残さぬほどに痛めつけられた車はまとめられてはいたが行き場もなく放置され、木々には生活の痕跡が引っかかったまま。塩水に浸かり茶色く立ち枯れつつある樹木が、四月よりも鬱蒼とした緑の最前列で目立っていた。暮らしが営まれていたであろう地面に、雑草が茂り瓦礫を覆い隠していた。志津川を越え歌津に入ると、状況はさらに悪く、ほとんど進んでいないようにも見えた。
4月にはどこにでもいた自衛隊の姿はもうない。夏休みでアシスタントとして同行した小4の長女は、最初事態がよく飲み込めていないようだった。

仮設住宅ができ、歌津中にいた多くの被災者はすでに2組に減っていた。
ある施設のテニスコートに建設された仮設住宅にいる漁師を尋ねた。この日は「雨天で瓦礫撤去もなく家にいるから」、と石巻で電話した際に聞いていた。訪ねると、奥さんと小さなペットの犬と迎えてくれた。「玄関に網戸がなくて、でも開けなければ風通しが悪く、開ければハエが入ってくる」というところから、徐々に今の状況を聞く。6月に、バラバラに避難していた家族がようやく再会したこと、毎日続く瓦礫撤去、進まぬ復興計画案、行政の指針に対する不安、他地域へ流出する仲間たち…。話は尽きない。私はただ聞くことしかできない。ボランティアの不足や将来への不安が大きな話題で、彼の周りにいた20数名の漁師の中で「漁を続けると決めたのは俺だけだ」と聞いた時、言葉を失った。たった1人。

確かに、船をつける為の港はコンクリートがめちゃくちゃにめくれ上がっている。共同処理場は流され、近隣地区へ二地区共同の処理場建設が決まった為、歌津からでは不便極まりない。船を流された仲間もいる。高齢化が進み、後継者もいない。なにに希望を持ち、明日への活路を見いだせば良いのか?彼の家族は、これまでも人の2倍のイカダを持ち牡蠣の養殖をしてきた。奥さんと共に、人の2倍働いてきたという自負もある。子供を育て、半年前に自宅を新築し、その前年には船を新調している。ダブルローンだ。船は残ったものの、奥さん自慢の家も、イカダも漁具も、生活用品からなにからなにまで、全て流された。持っていたイカダは45台。1台治すのに100万かかる。しめて4500万円…行政が半分支援してくれるというが、残り半分はどうすれば良いのか?

それでも、早く瓦礫撤去に目処をつけ、漁を再開し、会社化して仲間を雇用したい、と夫婦で語ってくれた。まずは支援してもらった釣り船を出し仕事を再開する。港を整備してもらい、漁や養殖を再開したら、いずれ個人処理場を作り、そこに親子で体験教室ができる施設も併設したい。大きなアクリル水槽に、常に様々な魚介類をいれ、海の中でどの様に漁をしているか再現して子供達に見せてあげたい、わかめ漁も子供にとっては楽しい体験。いろんな人に歌津に来てもらいたいと話す。

しかし、釣り船再開の目処は立ちつつあるものの、海はまだ瓦礫だらけ、その他のことに至ってはどこから手を付けていいかもわからないとため息をつく。HPの作り方だってよくわからない。パソコンだってない。
二本目のビールはウィスキーに変わり、ひたすら話し続ける彼と、わたしができるのは話しを聞き、一緒にタバコを吸うコトだけorz。彼が一旦席を外している間、奥さんから津波がくる数日前の話しから、仮設にはいるまでの生々しい体験談を聞いた。猫が、二匹逃げ遅れた。まさか、全てが流されるとは想像だにしていなかった。

APバンクの永井さんが、まずは人が寝泊まりし、自炊ができて、対話の場が持てる小屋を歌津に建てると約束してくれたらしい。土地の取得や地元材での建設の話しなど少しずつ進んでいるという。生活再建へ向けて、地元の仲間で集まり、対話する時間と空間が必要だ。それが、まずは一番の支援だろう。

さて、そのために、自分ができるコトは何か。永井さんは空間を、では私は時間を。なによりも、一歩ずつ足を前に踏み出すための、小さなきっかけを、たくさん、みんなで、協力しよう。私がうなだれていても始まらない。だから、少しずつ、動きはじめる。

彼には伊里前契約会という、元禄6年から続く「結」の仲間がいる。すごいことだ。数百年続く彼ら契約会の特徴は、子世代が結婚したらそこで親世代は引退し、子世代が契約会の権利を引き継ぐ点。だから、若い頃から契約会に入る。多くの契約会は、親が元気なうちは親が会合に残るため、子世代への引き継ぎが遅れ、コミュニティーへの積極的な参加の機会を促すことが難しい。私が住む東麻布の町内会も、会長は80代。なかなか子世代同士が顔を合わせる機会はない。伊里前契約会は長い歴史を持ちながらも若い人がしっかり運営をしている。モチロン親世代も参加はするので、年齢層の幅広いコミュニティーが実現されている。

彼らを旅行会社でボランティア+観光ツアーをしている仲間に繋ぐ。ただのボランティアツアーではなく、コミュニティーと関わりを持ちながら、第二のふるさとのように地元の人たちと付き合えるようなツアーにする予定だ。設計は、慎重にしなければならない。地元の人との信頼関係があることが大前提で、同時に、誰よりも最初にボランティアツアーを始めたこのツアー会社とだからできることだ。
釣り船の客になり、海を掃除し、瓦礫撤去もするだろう。生活再建に向けての作業を手伝い、知恵があれば寄せ合おう。彼らの契約会の話しを聞き、モチロン被災体験も聞く。漁師達も、ようやく話せるようになったし、話さなければいけない、と考え始めている。

過去、この集落はどのような場所だったのか?問題は、自慢すべき点は?今をどうするのか?未来に向けて、どう一歩を踏み出し、何を目指すのか。丁寧に、ひとつづつ一緒に話しをしていければいいと思う。そのために必要な人や企業を一緒に考え、私は探し出し、お願いして、歌津に来てもらおう。みんながちゃんと、仕事にできる仕組みも考るよ。

自力でふんばるしかない小さな集落は沿岸部に無数にあると思う。
そこに少しでも、丁寧で継続できる支援の手を伸ばせる人が増えたらいいと思う。少しずつ、焦らずに。
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漁師の家で、地元で採れたタコをいただいた。塩ゆでしただけのタコのアタマに、刻んだミョウガ。うまい。絶品。「歌津のタコはうまいぞ、ウニだってアワビだって何でも採れる。本当にうまいから、全部食え。また食べに来い」

はい。喜んで。何度でも。
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by LS_LAB | 2011-08-07 13:56 | 震災リゲイン

ESD-J全国ミーティング2011

仙台でESD-Jミーティングに参加してきた。持続可能な社会(地域)を目指して環境教育に従事する人々の集まり。普段は東京で行われるが今回は仙台の宮城教育大学で全国大会が開かれた。
二日間に渡り開催され、初日は気仙沼、南三陸で被災された方々の報告を伺った。環境教育に関わっていた漁師、教師、教育委員会の方々。伊里町契約会という結の文化を元禄6年から守り続ける伝統ある会の会長もいらしていた。村をまるごと失った被災者の話しを聞くにはかなりの集中力と精神力を要する。基本体力勝負だと思っているが、かなり消耗した。筋トレしててよかった。
でも、貴重な話しをたくさん伺うことができた。後半、石巻と気仙沼で地元の雇用創出の試みを続ける山形のNGO方の発表もあった。8月に基金が底を尽きる予定で試みに関する情報の拡散が急務。支援が必要だ。(キャッシュフォーワーク)。改めて、山形に取材に行き震災リゲインのサイトや復興支援新聞で記事にする予定。
中越地震以来、各地で支援活動を続けている方の報告もあった(中越防災安全推進機構)。そう、どこかでいつも災害が起きている。今日の支援者は明日の被災者だ。その逆もしかり。最近よくこのことを思う。「自分ごと」として考えることが如何に大事か。想像力や感受性の問題でもある。制度も、復興案も、「自分ごと」でなければちゃんと作れない。
参加者も今回は多種多様な方々が集まっておられ独自の支援活動をしている方がほとんどだったように思う。
コミュニティーの再生についての被災者の方の話しが心に残っている。よそ者にはわからない村人の役割。そこを大切に、丁寧に、互いに愛でることで、またかつての村の関係性が少しずつ思い出される。一人では生きて行けない地域に住む人たちの、結の文化は貴重だ。現代都市生活に慣れ親しんだ私たちが学ぶ事は多い。そう、まず私たちは学ばなければいけない。現場で、本当になにが大切なのかを。寄り添わなくちゃいけない。

「忘れないで欲しい」「会合をしてるくらいなら動いてくれ」「ちゃんと【一緒に】考えて欲しい」という切実な声に身が引き締まる想いだ。

近々、伊里町契約会の会長に会いに行く。彼らは自分たちのあたらしい町を自分たちで協議して作り始めている。目をみて、握手して、約束したから、必ず行く。
4月に調査に入った際に会った人たちにも、また会いに行こう。
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by LS_LAB | 2011-06-27 04:01 | 震災リゲイン

震災リゲイン

「震災リゲイン」、という活動を始めました。揺れても揺れなくても、継続して行く震災関連情報のメディアを作ります。というか、日本は揺れ続けますよね。それに備えるために。
フリックスタジオの高木伸哉や、ランドスケープデザインの尾内志帆、YGSAの寺田真理子、デザイナーの関智美、web制作会社の小林唯史、他数名と共に。仲間は、どんどん増やして行くつもりです。

今は仙台にいます。
4月26日から、宮古から東北沿岸部を南下して歩きました。
各地の社会福祉協議会に設置されたボランティアセンターや、
民間のNPO団体の方々を訪ねて歩きました。
今日はこれから、福島へ立寄り、帰京します。

LS_LABは東北地方の継続支援のため、「震災リゲイン」の一員として、
情報提供と様々なジャンルの活動を繋ぐことを目指します。
LS本体は、機会があればいずれ、建築設計事務所としての関わりを。

まずは、地元の方々の底力を集結させなければならないと思っています。

活動の詳細は、また後日改めてご報告します。

ああ・・・、やるって宣言しちゃった・・・。
がんばろう!

3.11後、止まれない自分がいます。健康でよかった。両親につくづく感謝する日々です。
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by LS_LAB | 2011-05-01 10:13 | 震災リゲイン


LSの建築以外の活動情報をお届けします


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